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第5節 公的補助制度に関する考察

 

キャラバンのシンポジウムで必ず話題になるのは価格のことであった。個人ユーザーが改造費を含む金額を負担するのは確かに大金である。
われわれがアナフィールド社に改造を依頼し車両代も含めて支払った金額は約800万円であったが、日本財団からの助成金があったからこそできたわけでJoy Projectが独自にそれだけの資金を集めることは難しかった。当時の為替レートでは円が強く1ドル=約111円だったことも現在から比較すると幸運であったし、約800万円がディーラー卸価格ということもキャラバンの始まったあとの5月頃まで知らされていなかった。
日本では障害者が必要に応じて改造することに関しては、若干の助成金がある。各地方自治体によって差違があるが、概ね10万円から20万円の間ぐらいである。これは、ハンドコントロール装置などの付加改造装置を念頭に設定された制度で、ジョイスティックコントロールカーのように非常に大きな改造のことまでは考えていない。大きな改造をしてまで障害者が車を運転する必要はないと考えているのかも知れない。

 

一方、「JOY−VAN」の故郷アメリカの助成金制度はどうなっているのであろうか。50州のうち48州が、必要な改造費にかかるすべての金額を助成するという制度が制定されている。ユーザーが負担するのはべースとなる車両代のみである。人によっては1000万円近い補助になるわけだが、なぜ1個人に対してこのような大金を補助することができるのであろうか。

 

「必要な道具である車を提供することによって、その人が社会参加できる。それによって働くことができ、たくさんの税金を州政府に納めることができる」という考えを聞いたとき日本とのギャップの大きさに驚きもし日本の福祉に対する考え方に対して情けない思いで一杯になった。

 

確かにアメリカと比較すると日本では個人負担額が大きすぎる。それは福祉に関する考え方の違いで、福祉は上から下へお恵み的にあげるものという考えから抜け切れていない。お恵みでは1個人に対して何百万円も補助は出せない。しかし、福祉を社会全体からとらえてみたらどうなるか。
銀行に対しては公的資金を湯水のように投入している。社会にとって結果的にそれが利益につながる投資という認識である。それならば、と思う。高齢者や障害者にも施設に入れっぱなしで社会から隔離するのではなく、経済活動の中に組み入れるような投資をすべきであると。アメリカの補助のシステムはまさにその考え方である。代表の渡邊はシンポジウム等で常に言い続けてきた。「施設に入れっぱなしでは税金を食いつぶすだけである。地域で生活を始められれば税金を納めることができる」と。
3月28日の船の科学館のお披露目式にお呼びしたマイクさんは、車を手に入れることにって働き始め、税金を払えるようになったのである。マイクさんは「僕はこの車を手に入れたことによって職場に遅刻をすることができなくなった」とにこやかに言い、責任のとれる障害者になったのである。障害を持っている人を特別に扱うことで福祉としてきた日本型の福祉とは正反対である。

 

 

 

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